大阪高等裁判所 昭和54年(う)166号 判決 1979年5月17日
本店所在地
大阪府松原市三宅町一二二〇番地
商号
トーグ安全工業株式会社
右代表者代表取締役
野黒一郎
本籍
大阪市南区高津町七番丁六番地
住居
同市阿倍野区北畠一丁目二三番三号
会社役員
野黒一郎
昭和一二年四月一一日生
右両名に対する法人税法違反被告事件について、昭和五三年一二月二六日大阪地方裁判所が言渡した判決に対し、被告法人代表者及び被告人野黒一郎から控訴の申立があつたので、当裁判所は次のとおり判決する。
検察官杉本金三出席
主文
本件各控訴を棄却する。
理由
本件各控訴の趣意は、被告人両名の弁護人入江菊之助作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。
論旨は、要するに、被告人両名に対する原判決の量刑はいずれも重きに過ぎて不当である、ことに被告人野黒一郎に対しては寛刑を以て処断されたい、というのである。
そこで、所論にかんがみ記録を精査し、当審の事実調べの結果をも併せ検討するに、本件は、被告法人(その代表取締役被告人野黒一郎)が、その業務に関し昭和四九年度(所得額一億八、四二二万余円、税額六、七〇六万余円、申告所得額一億三五四万余円、申告税額三、四八二万余円)、及び、昭和五〇年度(所得額三億八、四四〇万余円、税額一億四、七四七万余円、申告所得額一億八、六〇八万余円、申告税額六、八一六万余円)の二事業年度に亘り法人税合計一億一、一五四万余円をほ脱したという事案であつて、各犯行の動機、態様、罪質、被告法人のこれまでの営業活動や業態、ことに本件は計画的な犯行であるうえ、申告税額に対する脱税額の割合が高く、ほ脱額も巨額であること、さらには法人税脱税事犯の科刑状況など諸般の事情に徴すると、被告人野黒一郎が本件各犯行を反省悔悟していることや、その後、被告法人において本件脱税額を上回る法人税をつとに追加納付していることなど被告人らの犯行後の情状、その他所論指摘の諸点を十分斟酌しても、被告法人を罰金二、〇〇〇万円に、被告人野黒一郎を懲役一〇月、二年間執行猶予に、各処した原判決の量刑は、そのいずれについてもこれを破棄しなければならないほど不当に重いものとは考えられない。論旨は理由がない。
よつて、刑事訴訟法三九六条により、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 西村哲夫 裁判官 藤原寛 裁判官 内匠和彦)
○控訴趣意書
被告人 トーグ安全工業株式会社
被告人 野黒一郎
被告人らに対する貴庁昭和五四年(う)第一六六号法人税法違反被告事件につき、控訴趣意書を提出いたします。
昭和五四年三月七日
被告人両名弁護人
弁護士 入江菊之助
大阪高等裁判所
第一刑事部 御中
控訴理由
被告人両名の控訴申立の理由は、刑訴法第三八一条による刑の量定不当の理由のみによるものであります。
刑の量定については、原審において御考慮を賜つたのでありますが、被告人両名を更に寛大な刑に処していただきたく、殊に、被告人野黒一郎につきましては、左記のとおり特別の事情がありますので、是非とも罰金刑にしていただきますよう、控訴の申立をした次第であります。
左に本件犯行の動機、情状及び特別の事情等を申し述べます。
記
一、被告人らの経歴及び業績
被告人野黒は、昭和二四年頃一二才で父と死別し、同三一年三月今宮工業高等学校卒業と同時に、父が生前代表取締役をしていた株式会社大阪燈具製作所に勤務し、同三六年頃右会社の代表取締役となりましたが、同四二年三月会社の商号を不動開発株式会社に変更するとともに、新らしく前と同じ商号の株式会社大阪燈具製作所を設立して前の会社の営業を引き継ぎ、代表取締役として会社を主宰することになりました。同四七年二月被告会社の現在の商号であるトーグ安全工業株式会社に変更して、今日に至つております。
被告会社は道路交通用及び鉄道用の保安機器等の製造販売をなし、且つこれに関する建設工事の請負をなすことを目的とする会社でありまして、被告人野黒は交通安全を保つための機器類の研究を重ね、多くの実用新案権や意匠権の登録(弁証第四号証の一ないし九、同第五号証の一ないし一四)を得て、これを製作販売し、熱心に業務を行なつてきましたので、会社の業績があがり、今日ではこの種業界において、近幾地方ばかりでなく全国においても知名の会社にまで発展させたのであります(弁第三号証)。
これひとえに、被告人野黒が温厚篤実であつて、経営能力に秀いでていることによるものでありまして、これがため、被告会社には労使間の軋轢がなく、極めて明朗に業務が運営せられています。なお、被告人野黒は可成りの額の父の遺産を相続しましたが、被告会社の借入金の債務の担保に殆んど全部提供して会社の運営をしております。
近年交通事故による死傷者が益々増加し、最近の新聞報道によりますと、昨年は、一〇月一日には近幾圏内における死者の数は既に一、〇〇〇名を超えたとのことでありますが、斯様な時代におきまして、被告人らは国民の交通安全や国の交通行政に大きな寄与をなしているのであります。
被告会社は、多数の入場者の集まる万国博覧会の交通システムの企画施行をしたり、沖縄国際海洋博覧会の事業の推進に貢献したため、同推進国民運動本部名与総裁佐藤栄作氏らの感謝状を授与されており(弁証第六号証の二)、なお、日本国有鉄道関西地方資産部長松村正道氏から被告会社宛の、被告会社が平素から国鉄の客貨の輸送に深い理解と絶大な協力をなし、増収施策に大きく貢献したので、その協力に対し深く感謝の意を表する旨の感謝状も授与されました(原審で証拠調期日終了後右感謝状を受け取りましたので、弁論で述べるにとどめました。末尾に弁証第六号証の三として添付します。)。これらの事実によりましても、被告人らが公共事業ひいては道路鉄道の交通安全に貢献していることが 知できるのであります。
二、前科
被告人野黒は、昭和四九年九月一三日阿倍野簡易裁判所で略式命令により業務上過失傷害罪及び道路交通法違反罪で罰金三万円に処せられています。その他に、本件以外には、これまで脱税については勿論、その他の犯罪の嫌疑で捜査当局の取調を受けたことはありません。被告会社についても同様であります。
三、本件犯行の動機
被告人野黒は、たゞひたすら会社の発展を願つて、日夜努力をしてきたのでありますが、昭和四九年のオイルシヨツクに出会い、関連事業を営む会社の倒産が続出し、被告会社の経営も現金取引でなければ資材が入手できない状態となり、苦境に立たされました。それに加え、被告会社の販売先は殆んど土木工事関係の業者でありまして、諸官庁等の使用許可や指名を受けた製作品でないと買つてくれないのであります。それがため、今後は益々高度化された商品が要求されますので、使用許可や指名を受けるためには、一層新らしい製作品の開発と諸官庁等の折衝に多くの日時や労力と経費を費さなけれがならないことと思われます。
被告人野黒は、これらのことを考えた末、今後の景気の悪化に影響されないようにするため、会社経理に裏金を作つて平素から余裕を蓄えておきたいと考え、本件犯行を犯かすに至つたのであります。脱税によつて得た利益を自分個人のものにしようとの考えは毛頭なく、またこれによつて得た利益を自分のため費消したこともありません。
四、本件犯行の手段
被告人野黒は、これまで取引をしていた業者と話し合つて、その諒解を得た上で、架空仕入の計上をしたのであります。これがための伝票類もすべて相手方に作成してもらつたのでありまして、作成名義人の諒解を得ずに勝手に偽造したようなことはありません。
また、売上の一部除外をしましたが、その金額は、架空仕入の金額に比らぶれば、きわめて僅かの金額であります。
このようにして得た利益を被告人野黒自身、家族、親族、従業員等の名義で預貯金として留保したのでありますが、この預貯金は会社の資産として留保したのでありまして、ただこれらの者の名義を使用したにすぎません。
五、本件犯行後の情状
(一) 昭和四九年五月一日から同五〇年四月三〇日まで、及び同年五月一日から同五一年四月三〇日までの被告会社の各事業年度分の確定申告書は、前者については昭和五〇年六月三〇日、後者については同五一年七月二日八尾税務署長に提出するとともに(検察官証拠目録第三号及び同第四号)、法人税も納めましたが、その後間もなく、大阪国税局の査察を受けることとなり、法人税に関係のある帳簿類、預貯金の計算書その他の書類を殆んど領置せられました。
被告人野黒はこのとき、脱税をしたことの非を悔い、直ちに修正申告をして正当な法人税を追加納付しようと考えましたが、既に書類等は引さあげられ、所得類を算出することができなかつたため、税務顧問の上野税理士に依頼して、大阪国税局の担当官に調査の結果を知らせてもらうように交渉してもらつたのであります。
その後、一応の調査がすみました頃に、所得金額等の内示を受けましたので、直ちに上野税理士に依頼して、そのとおりの両年度の修正申告書を作成し、昭和五二年九月二〇日八尾税務署長に提出するとともに、同年一〇月一二日追加分合計一一八、六三〇、〇〇〇円を納付しました。(弁第一号証及び同第二号証の各一、二)
その後、両年度の修正申告による追加納税に対する延滞税の督促がありましたので、直ちに延滞税合計九、一八八、六〇〇円を納付しました。(弁第一号証及び同第二号証の各三、四)
更に、昭和五二年一〇月三一日両年度の法人税の加算税の賦課決定通知書を受け取りましたので、同年一二月一二日重加算税合計三五、四一二、三〇〇円を納付しました。(弁第一号証及び同第二号証の各五、六)
その後になつて、国税局の調査が完了し、検察庁の取調を受けた上、起訴されたのでありますが、公訴事実及び原判決の認定事実による両年度の所得金額は、修正申告による所得金額より合計八、〇〇四、四一一円少なく認められております。
公訴事実及び原判決の認定事実による右所得金額により本税、延滞税、重加算税を推算しますと、約四〇〇万円余を過納しているものと思われます。
(二) 被告人野黒は、会社を発展させようとの浅はかな考えから、このたびのような犯罪を犯かしたのでありますが、その結果は、法を犯がした汚名は何時までもぬぐいされず、自分の信用は勿論会社の信用も支墜し、会社を破滅に導くこととなりますため、心から前非を悔いております。再びこのようなことは絶対に繰り返えさない決心をしております。
(三) 本件起訴は、被告人野黒の犯行の手段であります架空仕入や売上の一部除外から生ずる金額から直接に所得金額を認定せられたのでなく、財産増減法により所得金額を認定せられているのであります。
被告人野黒は、両年度の所得金額は財産増減法により計算したことはありませんので、公訴事実の所得金額よりも多少小いものと思つておりましたが、国税局の係官や検察官に十分な調査をしていただいた結果、所得額を認定していただいたものと思い、金額については間違いないものと認めて、原審公判廷においても公訴事実をすべて自白しておるのであります。
六、科刑について
租税犯についての立法の沿革を顧みますと、昭和一九年までは定額財産刑主義、自首不問罪及び転嫁罪規定が採られていて、刑法総則は大幅に適用を排除され、刑罰であるとはいつても、損害賠償的な性格が認められたのであります。
ところが、昭和一九年の改正により、間接税に自由刑及び両罰規定が採用されて、財産刑についても、量刑に裁量の余地が与えられることとなりました。
その後、昭和二二年に至り、直接税に申告納税方式が採用されましたが、これを契機として、直接税にも自由刑及び両罰規定が採用せられ、自首不問罪、定額財産刑主義が廃止せられました。
このような沿革からみましても、租税犯も刑事犯と同じように取り扱おうとする傾向にあることは否めないのでありますが、また、租税犯も、他の警察犯等の行政犯と同様に、租税法規の実効性を担保し、間接に義務の履行を確保するための手段として、租税法を科すべきものとする趣旨で、その意味で一種の行政犯的特色を有するものといいうるのであります。(租税法、田中二郎教授書、法律学全集一一巻三三〇頁参照)
殊に、申告納税方式を採用しております所得税や法人税につきましては、人間の浅はかさからつい有利なように申告をなし、脱税犯に陥りやすいのであります。税務行政を担当する行政当局の指導監督を強化して、事前にこれを防止する方策を採るべきものと考えられます。
以上述べました点を彼此考え合せますと、租税犯の科刑については、刑事犯とはおのずから差異があつて然るべきものと考えられるのでありまして、なるべく財産刑を以て科刑し、悪質犯や再犯など、これを以て対処し得ないものについて自由刑を科すべきであろうと考えます。
七、量刑についてのお願い
被告会社は法人税法上の同族会社であります。株主や役員は殆んど被告人野黒の親族でありまして、同被告人は独りで会社を主宰し、営業全般を統括しています。
被告会社は、建設業法第五条により建設大臣又は知事による一般建設業の許可を得て、主として国や地方自治体の道路交通用及び鉄道用の機器等に関係のある建設工事の請負業を営んできたのであります。そして、これらの建設工事の請負をなすに際しましては、建設省に対しては一般競争参加申請書を、大阪府に対しては指名競争入札参加申請書を、また大阪市に対しては入札資格申請書を提出するなど、その他の官庁等に対しても同様の申請書を提出し、その許可を受けた上、落札して工事の請負契約を締結するのであります。
このようにして建設工事の請負をなすことになりますと、被告会社で考案して製作した機器等について、当該官庁等に申請し、その使用許可を受け、これを使用して工事を施行しておりますが、使用許可を受けますと、他の業者においてもこれを使用することになりますため、需要が増加する関係から、被告会社はこれを製造販売することをも主要な業務としています。
建設業法第八条によりますと、許可の基準として、同条第五号「一年以上の懲役若しくは禁錮の刑に処せられ、………その刑の執行を終わり、又は刑の執行を受けることがなくなつた日から二年を経過しない者」、同条第七号「法人でその役員又は政令で定める使用人のうちに、………第五号に該当する者のあるもの」に該当するときは、許可や三年ごとになすべき許可の更新をしてはならないと定められておりまして、原判決のように懲役一年に処せられますと、右許可基準に 触し、建設大臣又は知事の許可や許可の更新が受けられなくなりますが、本年四月には許可の更新の申請をしなければならないことになつています。(末尾に許可申請の際提出する誓約書用紙を弁第七号証として添付します。)
代表取締役である被告人野黒は、これまで、自分で考案し、実用新案権や意匠権の登録を得て、その製品の使用許可を受けるため、自ら官庁等に出頭して申請をしますとともに、説明や交渉に当つてきましたが、一年以上の懲役刑の前科を持つことになりますと、今後一切建設業の許可を得ることができなくなり、ひいては工事請負の入札や製品の使用許可を受けることができなくなるのであります。かようなことになりますと、被告会社の経営が行き詰まり、これまで被告人野黒の努力により築き上げてきた業界における信用が失墜し、やがては廃業せざるを得なくなるものと思われます。
被告人野黒は、微力ではありますが、自分の業務を通して公共の交通安全に寄与してまいりました。再起の機会を与えていただけば、今後一層努力いたす決心をしております。
被告人らは右のような特別の事情にあることをお汲み取り賜りますよう、願い上げます。
被告人野黒は、前罪を悔い、大阪国税局における査察中に進んで修正申告をしようと努めて、税金を完納いたし、原審の公判廷においても犯罪事実を自白しております。このたびの犯罪を犯かしたことを心から悔いておりまして、再度このような犯行を繰り返えすことは決していたしません。引き続き本来の業務に専心しうる機会を今一度与えていただきたいのであります。
被告人野黒については、是非とも罰金刑を以て処断していただきたく、なお、罰金額もできうれば法人税法第一五九条第一項による併合罪の加重の範囲程度の御寛大な科刑をお願いいたしたく、若し、罰金刑にしていただくことができない場合には、前記特別事情をお汲み取りいただき、一年未満の懲役刑を以て処断していただくとともに、執行猶予期間も短縮していただきますよう、お願いいたします。
被告会社は既に合計三五、四一二、三〇〇円の多額の重加算税を課せられ、租税法上の制裁が加えられております。この点を十分御斟酌を賜り、できますれば、更に御寛大な刑にしていただきますよう、お願い申し上げます。
以上